食事が終わりました。愛車トラックで帰宅です(左)
右は、カンボジアの通貨「リエル」です。写真は1,000リエル。
日本円で約27円くらいです。
これが、ホテルのベッドメーキング等のチップ代。
子供たちへの小遣い額は、内緒。
さて、夕食も終わり近くになって園児たちへお小遣いが渡されました。
カンボジアの小学校(もちろん中学校も)への通学は、お小遣い無しでは考えられません。
その理由は、次回の報告にしますが、とにかく子供たちも通学する限りお金が必要なのです。
子供たちは、大変礼儀正しく、手を合わせお辞儀をしながらお金を受け取ります。
躾の行き届いた振る舞いに我々も日本の子供たちの普段の躾を反省させられました。
お小遣いのプレゼント
左は、豚の脳みそ
これを鍋に入れてカンボジア名物の香菜などと一緒に煮込んで食べます。
右は、おっかなびっくりで食べている様子
食べるときは皆笑顔です
食事の準備は手馴れたもの
ウエートレスの手を借りなくても
上手にできます
レストランへ到着
園児も何回か来た事のある店です
いよいよ食事へ出発です。
このトラックに乗って夏は600kmはなれた海へ海水浴にも出かけます
この後、札幌を出発する前日の吹雪のビデオをパソコンで園児に観てもらいました(左端)
皆真剣な眼差しで観てくれこちらも大いに満足しました。
左右の写真は、学用品の一部を園児に配る様子と、それを掲げて喜ぶ園児たち。
夕方6時過ぎに園に行くと、全員が出迎えてくれました。レストランへ行く前にやっておかなければならない作業があります。
日本から持ってきた古着や学用品の仕分けを、園長のソリカーさんを中心に行いました。
学用品の一部は、明日、園児の通う小学校へ寄付するので今晩中に仕分けをすることが必要なのです。
下の写真は、その作業の様子です。
この日の夕方、園児を夕食に招待した時の様子を紹介します
だるま愛育園児を夕食に招待
マーケットの中には宝石店や電気製品の店もあります。
右の写真は、洋服の仕立やリフォームをする店です。
ここだけはあまり違和感が無く昔懐かしい雰囲気を出していました。
オールドマーケット
旅行者に人気の高いオールドマーケットを訪れました。
カンボジアでは基本的に定価の概念がありません。
ここでは、店との値段交渉を楽しむことができます。
しかし、コンビニやスーパーに慣れた日本人には、値引きの交渉術が無く、なかなか難しいものです。左の写真は、我々の中では一番交渉術に長けた吉田さんが、見事な腕前を披露しているところ。
下の写真はマーケットの中の様子。
魚の開き方が面白い(上段右から2枚目)
生魚も扱っていますが(上段右)直ぐに鮮度が落ちそうな環境に見えてしまいます。
下段の右2枚の写真は、マーケット内にある簡便食堂の様子とその厨房設備。
上はホテル近く河畔の道路の様子。
自転車が主要な交通手段。
左は、その道路と川との間の空き地、どうしてもごみが目立ってしまう。
右は、街角の子供を抱いた物乞い。
内戦の傷跡は痛ましい。
左は街の中心部の様子。車はあまり写っていないが車の数は多い。
車は、左ハンドル車だけが登録でき右ハンドルは登録できない。車は右側通行で右ハンドル車は事故が多いからとの理由からだが、右ハンドル車が95%を占める。未登録車の世界である。
中と右の写真は、信号が変わるまでの時間のカウントダウン機能付き信号機が珍しかったので紹介しました。
シェムリアップの街の様子
食事の後に汚い話で恐縮。
小便器の中に柑橘類のスライスしたものを入れて消臭剤として使用していた。(左)
カンボジアでこのような気遣いに一同感心。
少しさわやかな話でした。
左は現地の「アンコールビール」
赤い服を着たウエートレスはアンコールビールから派遣された社員。彼女は基本的にビールのサービスをします。
このレストランのウエートレスは、上の白い上着を着た女性。
この人は、原則食べ物のサービスをします。
上と左の写真はこの日の昼食の一部。
いかにも日本人の口に良く合うように見えますでしょう。
ご飯は長粒米ですが日本で食べるみたいな臭みが無く適当な粘り気もあります。
この旅行中、全員が太ってしまったようです。
ところで、レストランでは何処でもティッシュペーパーが付いてきます。(右)
用途は、食器を予め拭くことです。
フォークの歯が凸凹になっているのが愛嬌。
ここで話題を変えて食事の話を少し。カンボジアの食事は日本人に良く合って美味しい。内田さんによると水に味が付いている(きれいな水ではないの意)ので旨いと言うが、食あたりすることも無く安全に思われた。
ここのレストランは、味、値段のバランスの取れた最もリーズナブルなところとのことでした。
目指すは、中央の塔(左上)
登りも下りも急な階段(中上)
上では僧侶と信者がお祈り中。(右)
左中は、サインを求める観光客に応じる内田さん。
上から降りて一服の皆さん(左)。
権力者が変わると新しい権力者は別の建造物を造り自分の威光を建物で示すためそれまでの工事を中止する。
そのため建築途中で作業を中断した場所を幾つか見ることができる。
左の2枚の写真はその様子を示している。それぞれの写真の左側にデッサン、右側に完成した彫刻が見られる。
右の写真は、ポルポトとの内戦で傷つけられた弾痕を補修した痕。
アンコール・ワットの彫刻の特徴は、左の写真のようにヒトや動物が重なって連続して彫られていることだそうです。
これらの彫刻は、石が積まれた後に職人によって彫られたもので失敗しても石の取替えが不可能な環境でこれだけの規模のものが建造されたことに驚嘆する。彫刻全体を構想する人、絵を書く人、彫る人など全体のシステムの素晴らしさに改めて驚く。
ドラマチックなサンライズは見ることができなかったけれど、観光客の少ない時間を狙って再びアンコール・ワットにやってきました。
ここにも回廊があり一番外側の第一回廊西側の向かって右側(写真中)から内田さんの説明を聞きながら見学しました。
左は一生懸命説明してくれる内田さん。中の写真は内田さんが最も美しいとおっしゃる菩薩の前で記念撮影。
右端の写真は、石の柱に梁をかけるためのホゾ。その形からどうやって組み立てたかが想像できるのが面白い。
クメール帝国最強の時代に造られた城アンコール・トム。
アンコール・トムの中心バイオン。その回廊に彫られたクメール軍の戦いの行進の物語を説明する内田さん。
とても面白い物語なのだが、覚えきれず、忘却も早く、披露できないのが残念。
この写真は、12世紀に完成した王様の沐浴場 スラ・スラン。
この池の何処で沐浴したのか?なんとも理解しがたい沐浴場でした。
昼のアンコール遺跡群をみる
ホテルへ帰って朝食、、今日は一日遺跡群を見学予定。
しっかりと食事をとりました。
明るくなっても未だ粘る観光客(左)
写真中は、肩透かしをくった格好の右から内田さん、伊藤さん。
気を取り直して薄明かりの塔を背景に記念撮影(右)。
太陽の昇るのを待ち構える人たち(左)とうっすらと明るくなってきた空(中)。
残念ながら、本日は東方に雲がありはっきりとした太陽は見えずじまい。劇的なサンライズはこの次の機会に。
1月14日、アンコール・ワットの塔の後ろから上る太陽を拝もうとサンライズ観光へ出発しました。
ホテルを5時30分に出発。1日入場券(写真右)を購入してゲートをくぐります。(写真中)
必携の懐中電灯は5人中吉田さんだけが携帯し、あとの4人はホテルへ忘れてくる始末。ボケてきたのか?
昼のアンコール・ワット
昼 食
左写真は、アンコール・トムの南大門、写真中は近くの売店の美人の売り子、右は野獣。
アンコール・トム
上下6枚の写真は12世紀末に完成したと言われている僧院(仏教)タ・プローム。
巨大に成長したガジュマル(榕樹)の根によって寺院が崩壊を続けている。
ここは、その様子を残すため修復をしていない。
岩の上に落ちた木の種から糸のような根が何メートルもの下の地に着き、それから急速に根が太くなると言う。
壊れた石を良く見るとホゾを作って石がずれないようにしているのがわかる。(下中央)
右下は、内戦で傷ついた人々が寺院内で楽器を演奏してお金を得ている。
写真左は、プラサット・クラヴァン。9世紀に建造されたレンガ造りの最後の建物で最も洗練された技術が見られるそうです。
写真中は塔の内部。レンガを少しづつせり出しながら塔を細くしている技術がすばらしいとのこと。
右は、凱旋した兵が通る勝利の門、象のテラスへと続く。
アンコール・ワットのサンライズ
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シェムリアップ周辺の地図
アンコール・ワットは、シェムリアップから北へ6kmくらいのところにある世界文化遺産の一つです。
更にその奥にもアンコール・トムなど多くの遺跡があり、クメール王国の全盛期を偲ばせています。
地図は「地球の歩き方」編集室のご好意で転載させて頂きました
地図/地球の歩き方(D22)アンコールワットとカンボジア04−05(c)ダイアモンド・ビッグ社2004
1月15日
世界文化遺産「アンコール・ワット」見学
その5
中年男のカンボジア孤児院と
井戸掘り支援ツアー