メトロクス札幌展

新しい領域−「選択と偶然」


平成17年3月14日〜4月3日

「メトロクス」
札幌に本社を置く株式会社メトロポリタンギャラリーのショップ部門。
同社は、イタリアを始めスカンジナビア諸国、アメリカ、日本などの有名なデザイナーによる良質な商品販売を営む一方で、商品の開発や企画展示により優良なデザインや作家を紹介している。


新しい領域 − 「選択と偶然」
Paint Box 碓井良平
私たちは、今まで一般的に作る主体(芸術家と呼ばれる)と見る主体(観賞者)とに分け隔てれてきました。同時に作る行為は能動的とされ、見る行為は受動的なものと考えられてきました。これでは、作者の意図、意味に重点がおかれ、見る者はその作品の周囲をぐるぐる回ることを強いられてしまい、頭を悩ます結果となります。
今回の企画であるメトロクスのデザイン・プロダクトの展示は、私たちの身近にある使用される品物です。すると、それらの機能としての美、いイタリアを中心とした有名デザイナーの考案した「製品」の独自性など、それ自体すでに完結しているにもかかわらず、あえて「今ーここ」(エントランスアート空間)に移し変えて展示する意義は何でしょうか。
作家の意図や作品の意味というものは、発注芸術と呼ばれる工業的作品からは遠くに位置し、かつその用途において隠されているといってもよいでしょう。そのために見るものにとっては、比較的自由に気軽にそれらに近づける利点があります。この気軽さ、軽やかさが冒頭の「作る、見る」の分断を解消する大きな入り口ともなります。作家は作品の後方に退き、観賞者は作品の内部に平気で分け入る能動性を手にすることができるのです。以上のことからデザイン・プロダクトの展示の第一の意義は、単純に形と内容の一致の美をあるがままに楽しんでいただけることです。
第二の意義は、クリスティー・フィンチの次の言葉で十分かと思います。「一個のオブジェ(事物−たとえば櫛−)が選び出され、そのために新しい思想は、選択と偶然性との出会いから生み出されたものである。」(「ポップ・アート」より)
オブジェの選択は創造性の中心的要素であるし、偶然性は芸術家が制作上意図的にその作用を受けている自明性にあります。メトロクスから抽出される行為とエントランス・スペース(オフィス空間でもない、店空間でもない、展示場でもない、通路としての特異な空間)に移され、「作品」が点在的に設置されること自体とが、制作に匹敵する芸術的活動であると考えます。
あなたがある日、あるとき、ある瞬間、工業製品が、ふとまるで異なるものに(何物かでないもの)に感じられたとしたら、企ては成功といえるでしょう。このことが新しい領域といえるのです。

展示品

マルチチェア(赤)(1970)
ビーライン製(イタリア)
デザイン Joe Colombo
イタリアらしいまぶしいほどの赤です

マルチチェア(青)と
照明スタンド「ヘビ」(白)(1970)
ヴァレンチ製(イタリア)
デザイン 細江勲夫

照明スタンド「ヘビ」(赤)

ヘビのように自由に「くねくね」できます

ライトボックスに展示された花瓶類と椅子

エレベーター側から見る

外から見た階段踊り場


ダイニングテーブル

ディッシュドクター(1998)
マジス製(イタリア)
デザイン マークニューソン

食器を洗った後の水切りに使います

タイムスクエアヌーメリ(2003)
ナヴァ製(イタリア)
デザイン ダリオセリオ
数字がランダムに並んで見える時計
でも数字の位置は正しいところにあります

ブロードウェイサイドチェア(1993)
ベルニーニ(イタリア)
Gaetano Pesce

Flower Base(1950年代)
BITOSSI(イタリア)
デザイン Aldo Londi(復刻)

左に同じ
イタリアではなくどこか他の民族の
匂いがするのですが如何ですか

ポスター2点(左)とスクリーン
ポスター
 ヴァレンタイン(1969)エットーレソットサス
 オリヴェッティー(1965)エンツオ マリ
スクリーン(2002)
 E&Y製(日本)
 デザイン アンドリュータイ


ビスティロ(照明)(1969)
ヴァレンチ製(イタリア)
スタジオ テトラルチ

同左
上から見たビスティロ
本来は天井・壁に取り付ける

スヌーピー(照明)(1967)
フロス製(イタリア)
アキッレ カスティリオーニ

アクリリカ(照明)(1962)
オールーチェ製(イタリア)
ジョエ コロンボ
黒い台の下の光源から透明アクリル板の中を光が伝って手元を照らす
展示作業中の様子です


エントランスアート
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