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| 御正伸(みしょうしん)、1914年(大正3年)生まれ、1981年(昭和56年)没。 彼は、関東大震災や出征などで画家としての活動が遅れ、その本格的なスタートは戦後30歳を過ぎてからだったという。 生活のため油絵と並行して挿絵や本の装丁などの仕事を数多く手がけ、昭和30年から40年代にかけては挿絵界の第一人者として活躍した。 その御正伸が昭和39年に北海道を訪れ、小樽、積丹半島、余市を確かなタッチの水彩でスケッチした。 そのうち19点(何点制作したかは不明、この19点が全てであったかもしれない)を所有する「鰍rTVメディアフィールズ・21」の好意で3回に分けて展示した。 第1回はモダン風作品(街並みや港など)を中心に6点、第2回は北海道の風土(田園、漁業など)を表現した作品を中心に6点、最終の第3回は小品を中心に7点をそれぞれ展示した。 落ち着いた上品な画風の作品と並んで、スタッフが探し出した御正伸の装丁作品「天才と狂人の間」(杉森久秀 昭和37年上半期直木賞受賞作品、河出書房新書)も併せて展示し好評を得た。 このぺージでは、御正伸の奥様(御正登美子様)のお許しを得て、展示した御正伸の作品全てとその作品のスケッチしたと思われる現在の風景を併せてご紹介する。 なお、画伯のご長男御正進氏は、現在、彫刻家としてご活躍中で東京都の中央区、文京区、国立市をはじめとする各メインストリートのモニュメントやブロンズ象を制作されている。奥様も画家としてご活躍されており、最近、大型の油絵を主にして朝日新聞社記念館ホールで個展を開かれた。その際に会場におかれた「御正伸作品集」(奥様が発行者)を送って頂いたのでその一部も併せてご紹介する。 |
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| 展示の様子。 左写真の右手奥の箱が装丁作品「天才と狂人の間」の展示。 右写真はそのアップ写真 |
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| 御正伸 画暦 |
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| 1914年 | (大正3年) | 東京日本橋に生まれる。 |
| 1945年 | (昭和20年) | 戦後30歳から本格的制作に入る。 |
| 1950年 | (昭和25年) | 第6回日展に「裸婦}初入選。 |
| 油絵と同時に新聞、雑誌、本の挿絵、装丁を手がける。 昭和30・40年代に代表的挿絵画家として活躍。 時代小説では鋭く動的な筆致で人気を博す。 また現代小説でも明快な作品を発表している。 |
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| 制作した小説家と作品 | ||
| 海音寺潮五郎 柴田練三郎 石坂洋次郎 大岡昇平 円地文子 司馬遼太郎 石原慎太郎 松本清張 南条範夫 |
「不魔一族」 「剣は知っていた」 「陽のあたる坂道」 「歌と死と空」 「愛情の系譜」 「国盗り物語」 「海の地図」 「無宿人別帳」 「五代将軍」 |
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| など多数 | ||
| 1966年 | (昭和41年) | 講談社挿絵賞受賞 |
| 1971年 | (昭和46年) | 光風会脱退 |
| 1977年 | (昭和52年) | 三軌会代表に就任 |
| 1981年 | (昭和56年) | 没 |
| 奥様(御正登喜子様)から寄贈を受けた「御正伸作品集」(1997年4月)と その中の一部、奥様のお手紙の一部をご紹介する。 |
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| 奥様からのお手紙と作品集のなかの一ページ 雑誌「太陽」(平凡社、昭和53年10月号)の作家の紹介欄か? |
同じく「御正伸作品集」から 今回展示のスケッチとは全く趣の異なる作風 作品名に「夢」、「雪」などの文字が多く見られる |
| モダン風作品(街並み)を中心に 11月10日〜11月22日 | ||||||||||||||||
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| 北海道の風土を表現したもの(田園、町、漁業)を中心に 11月25日〜12月6日 | ||||||||||||||||
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| 小品を中心に 12月8日〜12月20日 | ||||||||||||||||||||||||||||||||
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